私は車いすになっても


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母は生まれつき足が悪く手術を
しないと歩けなくなる可能性があると言われ入院。

そして私と二歳年下の妹と二歳年上の兄は母方のばあちゃんに預けられた。
預けられた日から私たちは虐待を受けた。
手足に熱湯をかけられたり
くしで頭を叩かれたりした。
私は叩かれ過ぎて鼻血を出した。それにも関わらず手で鼻血をふくと怒られ殴られた。
妹と兄が犬から噛まれた時も処置をしてくれなかった。
だけど隣の家におばちゃんが
手招きをし「おいで」と言ってくれた。そして処置してくれた。
兄妹三人そこから出たくなかった。「ここからでたら殺される」そんな思いだった。
警察に行きたかった。
だけど行き方が分からない。
家から出ると殴られる。

それが何ヶ月か続き母は退院した。母は泣きながら
「ごめんねごめんね」を
繰り返した。
兄妹三人は「もう大丈夫だから」と言って車に乗り地元へ帰った。

それから13~4年後私は倒れた。最初の病名は
ギランバレー症候群。
気がついたら
両足、右手、両目の視力、視野が狭くなっていた。
私は運動が好きでバドミントンをずっと続けていた。
何度も挫折をし自殺行為を繰り返した。病室から飛び降りようとしたり点滴を抜いたり酸素を外したり…
だけど悲しむ家族を見てこれじゃいけないと思い治療にも積極的になった。
母は仕事を辞め毎日ご飯を持って病院に来てくれた。
この時母の偉大さに気づいた。
私の母は誰よりも心が強くちょっとのことじゃ折れないせい性格だった。
だから私も強くなれたんだと思う。車いすになっても自分で出来ることはしなさいって感じで私が手伝ってと言わない限り手をださなかった。
それが嬉しかった。
1人の子どもとして接してくれ特別扱いをしなかった。

お母さん
私は車いすになっても
幸せです。
お母さんの子どもにうまれてきて幸せです。
お母さんありがとう。

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