雪が沢山降ると


雪が沢山降ると

今日は大雪…

いつも何かのタイミングで、

書こうかどうか

迷っていたネタを書きます。

ワタクシメは、

再婚を余儀なくされた父と、

幼少の頃より戦争中の疎開をもとに

不遇な育ちをこれまた余儀なくされ

育った母の下、

悲願の長男として産まれ

大切に育てられました。

しかしほぼ放任ながら、躾に厳しい父、

また異常にワタクシメの将来に期待を寄せ

重苦しいながら自分の人生は

あなたの将来が全てといつも何かと

こじつけをする母親…

もっとも、親が子を想う思いは、

哺乳類の有史以来そんなものと

自分に家庭が出来て認識するわけですが…

無目的で廻りの友人と競いたい負けず嫌いの

精神で浪人人生を選び、

両親には親元を離れたい一心で

土下座をして大学に行かせてくれと頼み…

結果として父の出した条件の、国立大学とは違った

私学の大学へ入学・・・(;´Д`)

そこで待っていたのは

自活しなくてはいけない、

五感で活きる術を覚える

楽しくも苦しい日々でした。

今でもそんな環境に送り出してくれた

両親には感謝の気持ちで一杯です。

長くなりましたがここからが本題…(笑)

雪が降るといつも思い出します、

忘れもしない、

19の今頃…

北海道の岩見沢市、

その年は大学へ入学しまだ1年足らず、

バイトはまだなかなか不安定で、

ちょうど給料日前、

運悪く大風邪を患い、

金もなく、また、同じアパートにいる

友人も皆帰省中で頼る人もなく

悪寒に震え、ストーブも付けれず

布団にくるまり、

およそ4日程水も飲むことなく

幻想が見え始めた頃です…

部屋のドアを開け、

元気に土足で上がるアンちゃんがきました…

そう、彼はワタクシメの命の恩人の

山口県出身の、これまた偶然、

全く同じ生年月日の親友でした。

「藤原~!何しとんちゃ~!?帰っとらんかったんか~!?」←親友

「お~…○○か…・・・(;´Д`)

いや、帰ってへんで、風邪こじらしてな…」←ワタクシメ

「ほーか、ほーか、にしてもエライ寒いのう!!つーか、

キサマストーブくらい付けろいや、わや寒いぜよ!!」←親友

「いや、灯油ないねん…・・・(;´Д`)」ワタクシメ

「しゃーないやっちゃ!!(笑)そんなら飯でも食おうや!!♪ヽ(´▽`)/」
←親友

「いや、そもそも金ないねん…もう4日飲まず食わずやからな…( ;∀;)」←ワタクシメ

「えー!?この雪の中でか!?ほな、ワシが食わしてやるけぇ、

来いや!!」←親友

「すまん、おおきに…せやけど熱あるし

しんどいし、力も入らんから立たれへんねん…( ;∀;)」←ワタクシメ

「世話の焼けるやっちゃのー!!(笑)肩貸せいや!!(笑)」←親友

そんなこんなで、危うく九死に一生、

街の定食屋に連れていってくれ、

ジンギスカン定食を5人前程御馳走になりました。

そして2年…

本校は世田谷にあり、

教育課程を北海道の岩見沢で過ごした我々も

本校に合流しますが、

親友の彼は性格上本当に驚くほどピュアで、

東京の暮らしに馴染めず

やがて彼が頼りにしていた親族の逝去と

バイトで住み込みをしていた中でのストレスで

精神分裂症を患います。

友人図手にその知らせを知り、

慌てて友人たちと見舞いに行く事を決め、

入院先を突き止め面会のアポを申し出ますが

予想以上にガードが固く、

当時携帯電話もない中

公衆電話で声を荒らげ、

何とか面会のアポを取った覚えがあります…。

病院に着いて、

面会を許され病室のロビーに入ると…

あの弱ったワタクシメに肩を貸してくれた、

豪放で明るく力強い彼とは別人の

逆に弱りきった、薬のせいで半笑いの、

動きの鈍い親友がいました…

やがて時は過ぎ、

1年遅れで彼は無事卒業し

地元に帰りお兄さんの仕事を手伝い、

少し回復して、

社会人になり、

27歳くらいの頃

一度関東で会い、

食事をしました。

この頃はかなり良い状態みたいでしたが…

あれからまた14年、

彼は元気だろうか、

結婚式には呼べなかったが←現住所が不明だった

また、

あの頃を語りたい、

自分の生きる判断は間違っていなかったか、

尋ねてみたい、

勿論ワタクシメは自分に自信はありますが、

雪が沢山降ると、

そんな気持ちになります・・・

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